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〖群馬〗飲泉もできる「新鹿沢温泉 鹿の湯つちや」で茶色の湯の花舞う温泉に癒されよう!

群馬県の最西端、標高2101mの湯ノ丸山の麓、嬬恋村田代地区にある「鹿沢(かざわ)温泉」は、1300年程前、猟師が山中で鹿に出合いその後を追いかけると、突然姿が消えて湯が湧き出したと伝わっており、温泉の名前の由来になっています。源泉が豊富で良質であったため、延享元年(1744 年)には湯小屋が15軒ありましたが、1918年(大正7年)の火災でほとんどの温泉街が焼失し、「紅葉館」のみがその地で昔ながらの湯治場を守り、他の旅館は4kmほど下った場所に移転して新鹿沢温泉として営業をしました。明治時代に創業した「鹿の湯つちや」は、大火の影響で新鹿沢温泉の場所に移り、湯尻川を2.5km遡った鹿沢源泉「雲井の湯」を引湯し、リーズナブルな宿泊料金で甘くみずみずしい嬬恋キャベツと上州もち豚の陶板焼きなど地産地消にこだわった料理が楽しめる旅館です。
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〖長野〗温泉の遊園地「中房温泉」で29の源泉を楽しもう!

長野県安曇野市、燕岳東側山麓、標高1462mの場所にある中房温泉は、江戸時代後期1821年(文政4年)生糸のつや出しに使うミョウバンを採掘するため一帯に入り、湧き出る温泉を利用して湯小屋を設けて温泉を開発したのが始まりと伝えられています。明治に入ると中国産の安価なミョウバンが流通し、採掘は下火になりましたが、代わって登山客が訪れるようになり湯治場として発展しました。中房温泉の施設には田村薬師堂や山の神の社など江戸末期に建設された国登録有形文化財が数多く残ります。1件の宿が持っている源泉数と湧出量は日本一を誇り、登録している源泉は29つ、宿の裏山には噴気と湯けむりに包まれた内湯と露天風呂は合わせて27つあります。
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〖長野〗飲泉できる硫黄泉「室賀温泉ささらの湯」で硫黄の匂いに癒されよう!

上田市西部、室賀地区は戦国時代よりも前に地元の豪族室賀氏が治めていた地域であり、東西と北側が山に囲まれた天然の要害となる山頂部に城を築きました。戦国時代は武田軍が室賀峠を越えて川中島の合戦に向かったとされ、山あいの自然が広がる場所に「室賀温泉ささらの湯」があります。上田市が掘削を行って湧出に成功した温泉と農村体験実習館を併設した地域の文化交流館として平成9年(1997年)にオープンし、新鮮な地元の農産物直売所や地元産のそば粉100%のそばを提供する「そば処ささら亭」などの食事処も併設されています。地下1500mから自噴している温泉の泉質は単純硫黄温泉、岩造りと檜造りの大浴場は月替りで男女交代で楽しめ、広々とした大露天風呂が自慢です。
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〖長野〗山あいの景色を眺めながら「坂巻温泉旅館」で白い湯の花舞う飲泉可能な硫黄泉に癒されよう!

中部山岳国立公園・上高地の入口に位置し、北アルプス槍ヶ岳の麓より流れ出る梓川の川沿いに佇む一軒宿「坂巻温泉旅館」は、標高1220mの場所にあり、1585年に飛騨の藤原秀綱が戦に敗れ信州に落ちのびた途中で入浴した温泉であると伝えられています。1928年に開業し、創業時は旧道に面した梓川の対岸に宿が建てられ吊り橋が架かってましたが、国道158号の整備に伴って1984年に現在の場所に移転しました。梓川対岸の河川内の2ヶ所から自噴する源泉をポンプで揚湯して混合して使用しており、温度が70度以上と高温である為、冬は旅館の暖房にも利用できるほど湯量豊富な自家源泉を源泉かけ流しで提供している日本秘湯を守る会の会員の宿です。
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〖石川〗白山の麓の静かな秘湯「中宮温泉 にしやま旅館」自然湧き出しの湯に癒されよう!

日本三霊山のひとつである標高2702mの「白山」の麓を走る観光道路「白山白川郷ホワイトロード」は、岐阜県の世界遺産の白川郷からの石川県白山市をつなぐ33.3kmの大自然あふれる絶景のドライブコースとなり、石川県側の入口に「中宮温泉」があります。奈良時代に「白山開山の祖」である泰澄大師が白鳩が傷を癒すのを見て発見したと伝えられており、開湯1300年以降の歴史があります。標高660mの高原に湧く飲泉が可能な温泉は、昔から胃腸病に大変効果があることから、胃腸の霊泉とも呼ばれています。日本秘湯を守る会の会員である1869年創業の「にしやま旅館」は、周辺の山で採れた山菜、川魚、きのこ、地元農家の米や野菜を使用し、温泉で炊た温泉粥など、体に良い料理を提供しています。
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〖長野〗良縁と子宝にご利益がある「別所温泉 湯かけ地蔵 飲泉所」で硫黄の匂いのする温泉を飲んでみよう!

1500年以上の歴史を持つ信州最古の温泉とされる「別所温泉」は、平安時代中期の女流作家、清少納言によって書かれた「枕草子」に登場する日本武尊の東征時に発見された「七久里の湯」が由来という説がある歴史のある温泉郷です。鎌倉時代には塩田北条氏が別院を置いたことから「別所」という名前で呼ばれるようになり、戦国時代は真田氏、江戸時代は上田藩によって引き継がれできた別所温泉街には、国内最古の禅宗様築建である国宝・八角三重塔の他、多数の重要文化財の寺社仏閣ががあります。温泉街の中心部にあるお寺「北向観音」の下から湧き出る温泉は旅館と3カ所の外湯、2カ所の足湯へ分配されており、北向観音堂の近くにある「足湯 ななくり」の隣にある「湯かけ地蔵 飲泉所」は、昔、佐渡の沼地より地蔵を持ち帰って温泉で清めたところ、良縁と子宝に恵まれたことから願いを叶える地蔵の伝説が伝わっています。
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〖長野〗大自然の恵み「松葉の湯 飲泉」で自然に湧き出る強炭酸の鉱泉を飲んでみよう!

長野県小谷村と新潟県糸魚川市にまたがる上信越高原国立公園にある標高1963mの「雨飾山」は、日本百名山に選出されており、長野県北部に位置する新潟との県境にある「小谷村」は、長野県でも有数の豪雪地帯です。日本海側と内陸側を結ぶ古来からの交易路「塩の道」があり、歴史を体験できる峠越えのトレッキングコースが複数整備されています。国道148号線より小谷温泉に向かってすぐの集落の一角に湧き出る「松葉の湯」は、昭和の初頭頃まで温泉宿がありましたが、現在はその形跡はなく、源泉は石で囲われているのみの状態です。
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〖長野〗のどかな自然と良質な温泉「小谷温泉 山田旅館」で穏やかな時間を過ごそう!

長野県小谷村と新潟県糸魚川市にまたがる上信越高原国立公園にある標高1963mの「雨飾山」は、日本百名山に選出されており、百名山の生みの親である「深田久弥」も親しんだ歴史のある旅館です。標高850mの山腹に建つ「山田旅館」は、江戸、明治、大正、平成とそれぞれの時代に建築された建物が軒を連ね、木造建築6棟が文化庁の登録有形文化財になっています。武田信玄と上杉謙信によって戦われた合戦の折に、武田勢の落武者が発見したと伝えられる温泉は、400年余の歴史があり、鮮度、湯量、良質で効能豊かな温泉は昔から湯治療養に親しまれ、現在でも湯治場の風情を大切に残しています。元湯と新湯の2本の自家源泉を持ち、旅館の裏手から適温で湧き出る湯は、加水や加温する事なくそのままの状態で浴槽に掛け流しされています。
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〖長野〗甘い味で飲みやすい「恵の泉 湯のみ処」で自然の恵みを頂こう!

千曲川沿いにまたがる「戸倉上山田温泉郷」は、1893年(明治26年)に戸倉温泉、1903年(明治36年) に上山田温泉が開湯し、現在に至るまでに千曲川の氾濫により温泉施設が、幾度も流出を繰り返してきた水害との戦いの歴史を持つ開湯120年を超える温泉郷です。善光寺詣りの精進落としの湯として発展し、長野県に唯一残る芸妓は、1970年代には400名を超える芸者衆が存在していました。源泉は戸倉が14本、上山田が38で計52本あり、2つ合わせて1分間に約8332Lの湯量を誇り、複数の自家源泉を持つ宿や客室の浴槽までかけ流しをしている宿もあり、温泉街には飲泉ができる「恵の泉 湯のみ処」があります。
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〖長野〗透き通ったエメラルドグリーン「戸倉観世温泉」で源泉そのままの湯を感じよう!

千曲川沿いにまたがる「戸倉上山田温泉郷」は、1893年(明治26年)に戸倉温泉、1903年(明治36年) に上山田温泉が開湯し、現在に至るまでに千曲川の氾濫により温泉施設が、幾度も流出を繰り返してきた水害との戦いの歴史を持つ開湯120年を超える温泉郷です。善光寺詣りの精進落としの湯として発展し、長野県に唯一残る芸妓は、1970年代には400名を超える芸者衆が存在していました。源泉は戸倉が14本、上山田が38で計52本あり、2つ合わせて1分間に約8332Lの湯量を誇り、複数の自家源泉を持つ宿や客室の浴槽までかけ流しをしている宿もあり、現在7つある外湯のうちの一つが「戸倉観世温泉」です。観音様に信仰の暑かった先代が生涯をかけて発掘した観音様のお導きによる温泉は、3つの源泉を持ち、美しくグリーンに輝くお湯は循環せず、加温、加水なしの源泉そのままをかけ流ししている温泉です。
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