滝大好き!実際に訪問して体験した事を忘れない様に書き留めて紹介しています。
滝 〖奈良〗7段になって流れる壮大な「不動七重の滝」のエメラルドグリーンに輝く滝壺を見に行こう!
吉野郡下北山村前鬼、約1300年前「鬼」であった夫婦の「前鬼(ぜんき)」「後鬼(ごき)」が住み着き、悪事を働かせていましたが、修験道の開祖である役行者が訪れた際に説教し、悔い改めて、教えに従って修行者を助けたとされる伝説があり、明治半ばまでその子孫の宿坊が5つありましたが、現在は五鬼助さんひとりがこの地を守り続けています。吉野熊野国立公園の特別地域に位置し、修験道の聖地を流れる「不動七重の滝」は名前の通り、七段に分かれて流れ落ちる落差約160mの段瀑です。日本の滝百選にも選ばれており、水量豊かな前鬼川の清流が作り出すエメラルドグリーンの河川は「前鬼ブルー」と呼ばれ、春の新緑や秋の岩肌に映える紅葉の彩りは美しく神秘的な姿を見ることができます。
滝 〖奈良〗目の前にそびえる絶壁「深瀬滝」の迫力ある流れを見に行こう!
吉野郡上北山村は、谷に沿って開けた平地に農地や集落が形成されており、人口500人足らずの小さな村ですが、上北山温泉「薬師湯」や道の駅「吉野路上北山」などがあり、世界遺産の山岳霊場・大峯奥駈道の峻険な峰々や、ユネスコエコパークとして有名な大台ヶ原の登山口として世界水準の大自然の麓にある村です。上北山村に人が住み始めたのは、今から約800年程に遡り、古来、村の始祖は平氏の末族だったと言い伝えられており、村には景徳寺をはじめ薬師堂など、平氏ゆかりの寺々が多数あり、一門が遺した重要な仏像や古文書が所蔵され、これらの記録から1185年に壇ノ浦で滅びた平氏の一族によって開かれたものと考えられます。上北山村の深瀬谷に懸かる白川集落にある「深瀬滝」の落差は100m、3段になって流れ落ちる段爆となり、池原ダム湖に流れて込んでおり、池原ダムが1964年に完成したことにより白川集落の一部の集落が水没した歴史があります。
滝 〖奈良〗壮大な絶壁を落下する「中の滝」と大台ヶ原の自然を感じに行こう!
奈良県と三重県の県境に位置し、吉野熊野国立公園の中心地にある標高1695mの大台ヶ原は、日本百名山の1つに数えられ、国内有数の多雨地域となり、年間降水量は約4800mmと湿潤な気候には、トウヒやブナの原生林、断崖絶壁などの壮大な自然の景観が見れる場所です。ひと握りの登山者だけしか入ることのできない深い奥山でしたが、昭和36年(1961年)に大台ヶ原ドライブウエイが開通し、車で行くことが可能になったことで飛躍的に来訪者が増えました。遊歩道が整備されおり、登山初級者でも気軽に利用できる一周約9km、約4時間のルートは絶景を楽しめる散策コースです。散策コースの途中にある大蛇ぐら(おろちぐら)から望むことができる「中の滝」の落差は約250m、日本の滝百選にも選ばれる名瀑となり、三段構成の巨大な滝は荘厳な景観が魅力です。
滝 〖奈良〗洞窟内を流れる「不動窟鍾乳洞 不動滝」で漆黒の闇から流れる滝を見に行こう!
吉野郡川上村柏木にある「不動窟鍾乳洞」は、1300年前に修験道の開祖である役行者が発見したと伝わる裏行場のひとつで、洞窟内には不動明王が祀られており、剣を携え、炎に包まれた姿は悪を退け、悟りを開くための障害を焼き払う力を象徴しており、修験者に崇敬されてきました。約2億5千万年前以上にできたと言われてる鍾乳洞は、昭和57年(1982年)に奈良県指定天然記念物(地質)に認定されています。鍾乳洞の全長は約140m、第1~第4窟があり、第3窟にある「不動の滝」は、源流は後背地の山地であると考えられていますが、その水がどこからきて、どこへ流れているのか詳細は分かっていません。
滝 〖奈良〗絶壁に囲まれた深い淵に流れ落ちる「蜻蛉の滝」の迫力ある滝を見に行こう!
奈良県吉野郡川上村西河、吉野川の支流・音無川にかかる「蜻蛉の滝(せいれいのたき)」の「蜻蛉」は、日本書紀ではトンボのことを言い、第21代雄略天皇がこの地に狩りに訪れた時、天皇の肘に嚙みついた虻(アブ)を蜻蛉(トンボ)が追い払った事で、トンボの行いを大いに讃えて歌を詠んで、この地を蜻蛉野(あきづのをの)と名付けたとされています。落差約50mの2段に流れる滝は、天気の良い日には水しぶきが太陽の光に映えて虹を浮かびあがらせることがあり、虹光の滝(にじっこうのたき)というの別名もあります。万葉集にも記述があり、天武天皇、持統天皇も行幸したほか、松尾芭蕉、本居宣長など著名人が多く訪れており、「紀伊半島自然100選」にも選定されています。
滝 〖奈良〗吉野川の景観に溶け込む「大滝割滝」と紅葉を見に行こう!
吉野郡川上村は吉野林業の発祥の地で、約500年前、室町時代から人工林の植林が始まり、日本最古の林業の歴史があります。急傾斜地で苗木を密に植え、5〜20年ごとに徹底的に間伐することで、節のないまっすぐな吉野杉・吉野檜と言われる最高級の建築材を生み出し、豊臣秀吉が大阪城の築城にも用いた林業の重要な拠点として日本遺産にも認定されています。江戸時代から丸太を川に流して搬出しており、木材を効率的に運ぶために筏を組んで流せるよう吉野川の改修が行われ、木材の運搬だけでなく、人々の往来や物資の輸送が増え村民の暮らしも変化していきました。吉野川にある「大滝割滝」はかつて激流の名所であり、水勢は極めて強く両岸は岩石が重畳し、木材が大岩に当たらないように滝綱を曳いて運んでいましたが、2012年(平成24年)に大滝ダムが建設されたことにより、現在は激流では無くなっています。
滝 〖奈良〗荒肌の岩壁の間を流れる「白滝」を見に行こう!
吉野郡上北山村は、谷に沿って開けた平地に農地や集落が形成されており、人口500人足らずの小さな村ですが、上北山温泉「薬師湯」や道の駅「吉野路上北山」などがあり、世界遺産の山岳霊場・大峯奥駈道の峻険な峰々や、ユネスコエコパークとして有名な大台ヶ原の登山口として世界水準の大自然の麓にある村です。上北山村に人が住み始めたのは、今から約800年程に遡り、古来、村の始祖は平氏の末族だったと言い伝えられており、村には景徳寺をはじめ薬師堂など、平氏ゆかりの寺々が多数あり、一門が遺した重要な仏像や古文書が所蔵され、これらの記録から1185年に壇ノ浦で滅びた平氏の一族によって開かれたものと考えられます。上北山村西原集落の外れにある「白滝」は、北山川の右岸の泉谷に懸かり、大岩の間を2段に分かれて複雑に流れ落ちる落差25mの段瀑です。
滝 〖奈良〗黒光りの岩壁に囲まれた「黒瀬滝」の神秘的な景色を見に行こう!
吉野郡上北山村は、谷に沿って開けた平地に農地や集落が形成されており、人口500人足らずの小さな村ですが、上北山温泉「薬師湯」や道の駅「吉野路上北山」などがあり、世界遺産の山岳霊場・大峯奥駈道の峻険な峰々や、ユネスコエコパークとして有名な大台ヶ原の登山口として世界水準の大自然の麓にある村です。上北山村に人が住み始めたのは、今から約800年程に遡り、古来、村の始祖は平氏の末族だったと言い伝えられており、村には景徳寺をはじめ薬師堂など、平氏ゆかりの寺々が多数あり、一門が遺した重要な仏像や古文書が所蔵され、これらの記録から1185年に壇ノ浦で滅びた平氏の一族によって開かれたものと考えられます。大栂山の東側に位置する河合地区の少し外れた山間にある「黒瀬滝」は、北山川の枝沢に懸かる落差40mの直瀑です。
滝 〖群馬〗橋の真下から落下する「赤川の滝」を見に行こう!
吾妻郡長野原町の羽根尾地区は、戦国時代に栄えた豪族羽尾氏の居城「羽根尾城」があった場所であり、真田幸隆の岳父・羽尾幸全入道ゆかりの地でもあります。長野原町と嬬恋村を流れる吾妻川に流れ込む「赤川の滝」は、落差は20mほど、滝の真上に国道144号線が走っており、橋の真下から落下する滝です。
滝 〖群馬〗V字にえぐられた垂直な絶壁「瀬戸の滝」の広がって流れる滝を見に行こう!
群馬県吾妻郡嬬恋村、真夏でも最高気温が25度前後の寒冷地に加え一日の寒暖差が大きいため、高原野菜の栽培に適しており、全国一の生産量を誇るキャベツは、平地に比べ糖度が高く、葉が柔らかくみずみずしさが特徴です。嬬恋村の方言で家の裏の土地のことを「背戸(せど)」と言うことから名前が付けられたと思われる「瀬戸の滝」は、落差60m、滝口から30m上がった崖の中腹には不動明王が祀られており、ここは昔、修行者が滝行を行う修行の場でした。